大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)5177号 判決

東京都〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

荒木俊馬

加藤悟

東京都中央区〈以下省略〉

被告

山一證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

大塚功男

田中晴雄

鷲尾誠

主文

一  被告は、原告に対し、金一億一一〇六万九四六五円及びこれに対する平成一〇年三月二七日から右支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求

被告は、原告に対し、金一億一一〇六万九四六五円及びこれに対する平成七年四月一三日から右支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告会社において証券投資等の資金運用をしていた原告が、被告会社に対し、投資信託の売却代金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  被告は有価証券の売買等を業とする株式会社である。

2  原告は、平成三年七月ころ、かねてから資産の運用について相談していた訴外B(以下「B」という。)の助言により、同人の紹介で、被告に委託して証券投資等の運用を始めた。

3  原告は、当初は、運用資金を一〇〇〇万円として、その範囲内で株式等の売買を行うこととし、平成三年七月二日に一〇二一万三五四八円を被告に送金し、運用を開始した。

右の運用に当たっては、原告は、個々の投資に関する具体的な判断をBに一任し、同人が、被告の首都圏営業部次長(平成三年七月当時)C(以下「C」という。)と話し合って投資銘柄を選定するなどして、資金運用を行った。

4  その後、原告は、Bから、右の資金運用が順調に推移しているので当面使途の決まっていない原告の資金一億円についても被告において運用したらどうかと勧められ、右の資金運用を行うこととし、平成五年二月二六日、一億円を被告に送金して、資金運用を開始した。

原告は、右運用に当たっても、前回と同様、個々の投資に関する具体的な判断はBに一任したが、Bは、右一億円については、それが夫を亡くした原告にとって将来の生活の基盤になるべき資金であったことから、危険性のある投資は避けて、安全な被告のMMF(追加型公社債投資信託。以下「MMF」という。)を購入することとし、ただ例外的に、高利回りの転換社債や社債の新規募集があったときだけは、事前にBの承諾を得て、MMFの一部を売却し、その売却代金によって右の転換社債等を購入した上で、購入後速やかにこれを売却して、再びMMFを購入することを、Cとの間で合意していた。

5  その後、平成五年一二月末日の時点においては、被告の原告からの預かり残高は一億〇七九三万九五九三円であり、その他に、アシックス商事の転換社債第一回三〇〇万円(同年二月二〇日買付け)があったが、右アシックス商事の転換社債第一回は、平成六年一月五日に三一二万九八七二円で売却されている。

二  当事者らの主張

(原告)

1 原告は、平成五年一二月に、当初の運用資金一〇〇〇万円分で購入していた日本エヌシーアール株式会社四〇〇〇株(以下「NCR株」という。)を売却したのを契機に、同月一三日、Bを通じ、被告に対し、MMF以外で運用していたものはすべて売却してその売却代金をMMFに一本化して寝かせておくように申し入れ、被告もこれを了解した。

2 したがって、被告が、平成六年一月五日に原告から預かっていたアシックス転換社債を三一二万九八七二円で売却した時点で、原告名義のMMFの残高は一億一一〇六万九四六五円となった。

3 その後、原告は、平成七年四月一二日、被告に対し、原告の右MMF全部を解約してその代金全額を支払うように求めた。

4 よって、原告は、被告に対し、被告から購入したMMFの売却代金一億一一〇六万九四六五円及び右請求の日の翌日である平成七年四月一三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

5 なお、平成五年一二月のNCR株売却以後に行われた原告名義での取引は、いずれも無断取引であり、その効果は原告に帰属しない。

また、Bは、平成七年四月一二日、右無断売買の事実が発覚したので、同人の事務所で、C及び同人の上司である被告の首都圏営業部長D(以下「D」という。)と話し合いを持ち、その席で、Dが、損害は責任を持って回復すると述べたので、損害の回復の方法を被告に一任したことはあるが、その際、右無断取引を追認したり、損害回復のために被告が原告の計算で新たな取引を行うことを承認したことはない。

(被告)

1 被告が、平成五年一二月一三日、Bを通じて、原告から、MMF以外で運用していたものはすべて売却してその売却代金をMMFに投資すること、及び、NCR株売却後は株式投資は中止することを指示されたことは事実であるが、その後の債券市場における売買までも中止して運用資金をMMFにして寝かせておくように指示されたことはない。

BとCとの間では、平成五年一二月にNCR株を売却した後も、新発の社債を買い付けて上場日の寄り付きで売却すること及び公開株や公募株を買い付けることは継続する方針が合意されていたものである。

2 Cは、右NCR株を売却後も、Bの承諾を得て、別紙取引一覧表1記載のとおり原告名義の取引を行った(ただし、同表記載のとおり、これらの株の売付けの一部については、Bの同意を得ていないものもある。)。

しかし、右取引の中には、売買損の発生した取引や期待に反して利益の出せなかった取引もあったため、Cは、これらの損失分を取り戻そうとして、Bに無断で、別紙取引一覧表2記載のとおり原告名義での取引を行った。

3 その後、平成七年四月一二日、Cが右の無断売買を行ったことについて、BとC及び同人の上司である被告の首都圏営業部長Dとの間で話し合いが持たれ、その結果、Cの行った無断売買の結果を原告が追認し、無断売買よって生じた損失については、平成七年一二月までを一応の区切りとして、Cが取引を行うことによって生じる利益で埋め合わせることが合意された。

4 そして、右合意を前提として、その後、多数回にわたり、D又はCが情報を提供し、Bの承諾を受けて、原告名義の取引が行われた。

5 したがって、右合意後の原告名義における損益は、すべて原告に帰属すべきものであり、平成七年四月一二日における山一MMFの残高は、一〇万九八五六口(一〇万九八五六円)である。

三  争点

したがって、本件の争点は、次の各点である。

1  原告が、平成五年一二月一三日、Bを通して、被告の担当者Cに対し、原告の運用資金をすべてMMFに一本化して寝かしておくように指示したか否か。

換言すれば、同日以降に原告名義で行われた別紙取引一覧表1の取引は、Bの承諾なく行われた無断取引であったか。(争点1)

2  原告は、平成七年四月一二日、Bを通じて、被告に対し、原告の右MMF全部を解約してその代金全額を支払うように求めたか。(争点2)

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(甲一、同二、同七、同八、乙一ないし三、証人B、原告本人)によれば、次の各事実が認められる。

(1) Bは、a株式会社を経営していた原告の亡夫Eから、同人のビジネスコンサルタントとして様々な相談を受けていた者であるが、同人が平成二年一〇月一〇日に死亡した後も、同人の妻である原告から、相続や資産運用の相談を受け、原告の信頼が篤かった。

(2) そうした中で、Bは、前記のとおり、原告から、平成三年七月には一〇〇〇万円の、平成五年二月には一億円の各金銭の運用を一任された。

Bは、これらの金銭は夫を失った原告にとって極めて重要な資産であったため、その運用には慎重を期し、特に後者の一億円の運用については、危険性のある投資は一切避けて、銀行金利より少し有利な程度だが元本割れをしたことがない被告のMMFに投資することとし、例外的に、危険性のほとんどない新規発行の転換社債については、その購入をCから勧められたときには、MMFの一部を取り崩して、一時的にこれを購入し、その直後に売却して、売却代金で再びMMFを購入するという運用を行ってきた。

(3) ところが、その後、原告は、相続により取得したa株式会社の株式を義弟に譲渡したための売却益が生じたが、たまたま、そのころ、当初の一〇〇〇万円の中から購入したNCR株が値下がりしていたため、Bと相談して、NCR株を売却して、各株式の売却益を通算して譲渡所得税の節減を行うこととした。

そこで、Bは、そのころ、日経インデックス投信もマイナスになっていることなども考慮し、右NCR株の売却を契機に、先行きの不透明な株式や債券市場への投資を中止することを決め、そのころ、Cに、右NCR株を始めとするMMF以外の有価証券等を売却し、その売却代金をMMFに一本化するように指示し、Cもこれに従って、NCR株、キャノン転換社債第五回などを売却し、MMFを購入した。

(4) なお、Bは、右の指示の後も、同月二〇日にアシックス商事転換社債第一回三〇〇万円を、平成六年一月三一日にトナミ運輸転換社債第五回二〇〇万円をそれぞれCに勧められて購入したが、前者については、同年一月五日に三一二万二九七二円で、後者については同年二月一〇日に二一一万九二九七円でそれぞれ売却している。

2  被告は、右のアシックス商事転換社債第一回三〇〇万円、トナミ運輸転換社債第五回二〇〇万円以外にも、原告は、Bを通し、同人の承諾の下に別紙取引一覧表1の3ないし27記載のとおりの売買を行ったと主張し、証人Cは、その証人尋問及び同人作成の陳述書において、これに沿った供述をする。

しかし、右証人Cは、別紙取引一覧表2記載のとおり、多数回にわたってBに無断で取引を行ったことを自認しているところ、これらの無断取引と右においてBの承諾を得たと供述する取引の区別は、専ら同人の記憶に拠ったものであると供述している(証人Cの証言)ことからすれば、先の原告がBを通して別紙取引一覧表1の3ないし27記載のとおりの売買を行った旨の供述はにわかに措信し難い。

むしろ、平成七年四月一二日にBの事務所で、同人とC及びDが話し合った際、Bが、NCR株売却後の取引について、「自分が方針はそういう方針だから動かしてませんよね。そういうことなんでびっくりしたんですよ。」と述べたのに対し、C及びDは何らの反論や異議も述べていないこと(甲三)、Bは、新たに転換社債や株式を購入する際には、必ず、原告に連絡していたものであるのに、別紙取引一覧表1の3ないし27記載の取引については、原告への連絡はなかったこと(原告本人尋問)、右の取引の対象は、それまでのBが原告の取引として行っていたものに比べて、一回の取引額が大きく、株式等の危険性の高いものも多数含まれていること(乙一ないし三、弁論の全趣旨)などを併せて考えれば、別紙取引一覧表1の3以下に記載の取引については承諾を与えたことはないとのBの供述の方が信用できるというべきである。

3  したがって、これらの事実によれば、Bは、平成五年一二月一三日、被告の担当者Cに対し、原告の運用資金をすべてMMFに一本化して寝かしておくように指示し、その後、間もない時期には、安全性の高いアシックス商事転換社債第一回三〇〇万円、トナミ運輸転換社債第五回二〇〇万円を購入したものの、これらも、購入後僅かの期間でいずれも購入価格を上回る価格で売却されていることが認められ、平成六年二月一〇日以降に原告名義で行われた別紙取引一覧表1の3ないし27記載の取引は、Bの承諾なく行われた無断取引であったというべきである。

二  争点2について

1  証拠(甲一ないし四、同七、同八、乙一ないし三、同七、同九、証人B、同D、同C)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) Bは、平成七年四月一一日、原告の口座において、MMFの資金を用いて、原告又はBの承諾のない取引が行われている事実を知り、すぐに、Cに連絡して、説明を求めた。

(2) そこで、Cは、同日、当時の上司であった被告の首都圏営業部長のDに無断売買の事実を打ち明け、無断売買の結果、原告に二二〇〇万円位の損が発生し、評価損も加えれば、その額は四〇〇〇万円程度になることを確認した。

(3) Dは、翌一二日、Cを同道して、Bの事務所を訪問し、Bに対し、無断売買の事実を認めて謝罪したうえ、損害の賠償を求めるBに対し、「必ず私は先生に対して、責任をもって回復させていただきたいなと思っております。方法論については、また、ご相談しますけれど、やらせていただきたいなと思っています。」などと述べて、さらに取引を行うことによって、損害の回復を行いたい意向を示した。

これに対し、Bは、「それはまた他のところで挽回しますからという言葉では済まされないですよ。これはこれでね、一応どうするかを決めて、例えば山一さんとしてね、言葉で言えないのかもしれないけど、それなりの元に戻して、金利が入るかどうか知れませんけども、彼女が納得するぐらいの数字にしてもらえばいいでしょと思っているわけです。」「それなら、彼女に時間をくれと言って、それはオーケーさせられます。」と応じた。

このようなやりとりの後、Dが「ご了解を賜れば、年内を目途にそれなりの利回りになるように致したいとこのように考えております。」と述べたのに対し、Bが「はい。そのように言っておきます。私に任せたんだからという話で、彼女は納得すると思います。」と答えると、Dは「たいへんありがたい。よろしくお願いします。」と述べて、その日の話し合いを終了した。

(4) そして、その後は、被告においては、原告の口座はDが直接に管理し、平成九年三月ころまで、専らDが購入する銘柄を選定して、原告の名義でこれを売買することが繰り返された。

その間、右原告名義の取引については、事前にD又はその指示を受けたCから、B宛に、その都度、その内容が伝えられたが、Bは、ワラントの購入が伝えられた際にその購入に反対をしたことがあるほかには、特に意見を述べたことはなかった。

(5) しかし、原告の口座における有価証券類の評価額は、平成七年一二月末日を経過時点において、九五六四万〇一四八円にまで達したけれども、その後は、株式市況の値下がりと共に値下がりを続けるに至った。

2  被告は、右の平成七年四月一二日の話し合いの結果、Cが無断取引で原告に与えた損失は、その後の取引の中で挽回することとなり、仮に、それが不首尾に終わった場合には、その損失は、原告の負担とするとの合意が成立した旨主張し、証人D及び同Cの各証言及び乙七号証、同九号証には、右主張に沿った供述がある。

しかし、右話し合いの具体的なやりとりは先に認定したとおりであって、Bは、Dに対して、原告の危険負担で取引を行い、それによって損失の回復を図るということはあり得ない旨を言明していること、もともと、右の運用資金は、B自身のものではなく、原告の資金であって、Bとしては、元本を下回るような危険に曝すような運用を行う余地のない性格の金銭であったこと、Cの無断売買によって生じた損害の賠償は、本来、被告の責任で行うべきものであり、原告において、その賠償を受けるために、自らが危険を負担しなければならないような理由は存在しなかったことなどからすれば、平成七年四月一二日の話し合いの結果、被告主張のような合意が成立したと解することは困難であり、むしろ、原告が、無断売買による損害の回復を即時に求めるとCの処分が不可避であることを考慮して、Dの提案した平成七年一二月末までに、原告の口座において、本来あるべきMMFの元金及びこれに対する利息相当額の金員が回復されることを条件に、その時までMMF売却代金の返還を猶予することを、被告との間で合意したものと解するのが相当である。

3  したがって、平成七年四月一二日の被告の話し合いは、原告又はBが、Cの行った無断売買を追認したり、その後において、被告が右無断売買による損害の回復のために、新たな取引を原告の計算において行うことを認めたものであると認め難いのみならず、原告が、被告に対し、本来原告の口座に存在すべきMMF相当額一億一一〇六万九四六五円の即時返還を求めたものとも認め難く、むしろ、被告が、本来原告の口座に存在すべきであったMMF代金額相当の金員及びこれに対する相当の利息金を、同年一二月末日までに被告の責任で原告に返還することを原告に約したものと解される。

そして、その後の原告の口座における取引は、右の合意に従って、被告が、原告に対する無断売買による損失を回復する目的で、被告の計算と責任において取引を行ったものであるから、その取引の効果は、原告と被告との間においては、原告に帰属しないものというべきである。

三  結論

右のとおり、原告が、平成七年四月一二日に、被告に対し、本来原告の口座に存すべきMMF相当額金一億一一〇六万九四六五円の支払を求めたとは認められないけれども、原告が、本訴状において、右金員の返還を求めていることは、弁論の全趣旨に照らして明らかであり、右同日以降、原告名義で行われた取引の効果が原告に帰属すると認められない以上、原告の本訴請求は、平成六年一月五日現在で原告に口座に存在したはずのMMF相当額金一億一一〇六万九四六五円及びこれに対する本訴状到達の日の翌日である平成一〇年三月二七日から右支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例